インド独立運動指導者 チャンドラ・ボースの「死」 戦後76年を経ても遺骨が本 国に返還されないのはなぜか

インド独立運動指導者 チャンドラ・ボースの「死」 戦後76年を経ても遺骨が本 国に返還されないのはなぜか

独立運動をリードした国民会議派の政治家
武闘派でマハートマ・ガンディーと決別

 1945年8月18日。日本の敗戦が決まってから3日後、台北の松山飛行場で軍用機が墜落した。同機はサイゴン(現ホーチミンシティ)を発ち、給油のため台北に立ち寄っていた。最終目的地は満洲(現中国東北部)の大連だった。搭乗していたのは、関東軍総参謀副長に任命され、任地に赴く途中だった四手井綱正中将。そこに同乗していた大物がいた。インド独立運動指導者、スバース・チャンドラ・ボースである。四手井中将は即死、ボースは全身に重度の火傷を負い、台北市内の軍病院に救急搬送されたが治療の甲斐なく同日中に息を引き取った。48歳だった。

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