政治リーダー“失敗の研究”第1回 溢れる仕事への執念、黙っていても分かってくれる 発信と説明を欠いた「仕事師」菅義偉の誤算

権力闘争を生き抜く生命力は政界一
自民首相5番目の短命政権に終わる

 9月3日の昼前、菅義偉首相は自民党本部での臨時役員会に出席した。党役員人事を行う計画の菅は、午後の総務会で人事一任を取り付ける予定と見られたが、役員会の冒頭で「総裁選不出馬、役員人事撤回、コロナ対策専念」を表明した。

 不出馬表明は当然、首相辞任、退場の決断である。総裁選の投開票は9月29日で、新首相の国会指名に伴って菅内閣は総辞職となる。菅の首相在任日数は 380日余で終わる。自民党の首相では、石橋湛山(65日)、宇野宗佑(69日)、麻生太郎(358日)、福田康夫(365日)に次いで5番目の短命首相となる見込みだ。

 菅は1987年の横浜市議選初当選から現在まで、自身の選挙は市議選、衆院選を通して10勝無敗である。09年まで小渕派、加藤派、堀内派、古賀派に属し、以後、無派閥となる。第2次安倍内閣では「最長官房長官」の新記録を作った。派閥幹部の経験はないが、権力闘争を生き抜く生命力は政界一といわれた。

 菅は退陣表明後の9月9日の記者会見で、「私は仕事をするために1年前に総裁選に立候補し、総理を目指した」と述べたように、「仕事師」を自負している。菅のもう一つの持ち味は仕事力だ。課題を発見し、問題を解決する能力、そのための組織操縦力や人脈構築力は抜群で、併せて政治の潮流や空気をかぎ取る嗅覚、ぶれない判断など、高い実務能力で評価を得てきた。ところが、「不敗の仕事師」が頂点に立ってわずか1年で「初の失敗」という転落体験を味わう羽目に陥った。

 1年前の就任時、菅は過去の首相と違って船出で「四つの束縛」を背負うという巡り合わせだった。自民党総裁任期が1年、次期衆院選は1年1カ月以内、新型コロナウイルスも終息時期は不明、1年延期の夏季東京五輪大会の開催実現は不透明という壁だ。

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