キーワードは「戦後」と「変革」 マンパワーなくして成立しないゼンリン

宅配トラックの助手席を覗いたことある?
ゼンリンの住宅地図は必須アイテム

 神奈川・高津に所在する神奈川県立川崎図書館。ここは日本でも珍しい「社史」をコレクションしている公立図書館として知られる。蔵書数は会社史、団体史、労働組合史など実に1万9000冊。ただズラリと並ぶ立派な装丁の「社史」たちを閲覧する人は少ない。編集に面白みが欠けるからだろう。
そうした中で、歴代のCMタレントの笑顔がカラー写真で並ぶ資生堂の社史と双璧をなす形で、一般人でも読んでいて楽しいのが、住宅地図最大手ゼ
ンリンの『ゼンリン50年史』(1998年刊)だ。

 今では当たり前となった人工衛星からの写真やGPSの利用、Google Mapの無料サービスなど一切ない昭和の高度経済成長期、ゼンリンの調査マンは離島を含む全国津々浦々に出向いては、担当する地域の市町村の路地裏にまで足を踏み入れ、一軒一軒の表札や看板を目で見て確認してから住宅地図の原図に手書きで落とし込んでいった。ITが身近になった今日でも調査マンの“現地現物”という基本は不変だ。市販の地図や衛星写真では道路と建物の位置までは分かっても、建物の入口がどこにあるのかまでは記されていない。裏通りの方に玄関が設けられているというケースだって多々ある。

 ゼンリンの住宅地図が、スマホの地図アプリや後述するカーナビゲーションシステムが普及した今日においても、宅配便の配送現場や住宅メーカーのローラー営業等で重宝されているのは、玄関情報まで正確に載っているからだ。宅配便のトラックをそっと覗いてみればいい。担当配送地域の住宅地図が張り合わされ、A3のクリアファイルに収められている。それを頼りに配達先を、消せる赤鉛筆で丸を囲んで、運んでいる。それは地道な活動が全国を網羅するまで、気が遠くなるようなアナログ作業の積み重ねをしてくれたゼンリンの調査マンのお陰だ。

 『ゼンリン50年史』には、北関東の某地域を担当していた調査マンが運悪く、旧日本軍の将校だったことを住民に知られ、「敵国に地図が渡ったらお前はスパイだ。昔なら国賊だ」などと2時間近くに亘ってお説教されたという話や、日本復帰直後の沖縄で米軍基地内の住宅の所在を調べていたところ、米兵に拳銃を突き付けられ、目隠しされた上で司令部に連行されたという話、さらには地場の競合他社と競り合いの末、1つずつ打ち負かしては自社の住宅地図のカバーエリアを広げていったという「国盗り物語」さながらの沿革など、仰天エピソードが満載となっている。

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