「政権交代可能な政党政治」確立ならず 今の野党の体たらく。細川、自分流退陣の怪

自民党長期支配を終焉させた非自民8党連立
過去最高の内閣支持率もわずか8カ月で幕

 9月28日、武村正義元蔵相(元新党さきがけ代表)が88歳で永眠した。1990年代、非自民連立政権、自民党・社会党・さきがけの3党連立政権と続いた大政変時代に政争劇の主役として活躍した希代の政略家である。

 93年6月、衆議院で宮沢喜一内閣に対する不信任決議案が可決した。武村は仲間と一緒に自民党を離党し、さきがけを結党した。総選挙後の8月、非自民8党派連立の細川護煕内閣が発足する。官房長官に就任した。

 細川内閣は94年4月に崩壊した。次の羽田孜内閣も2カ月で幕となる。代わって社会党の村山富市委員長を首相に担ぐ自社さ政権が出現した。新政権樹立の立役者を演じた武村は蔵相として村山内閣を支えた。

 93年8月の政権交代は、55年以来の自民党長期一党支配を終焉させた歴史的な出来事であった。7月の衆院選で、共産党を除く非自民勢力の総議席が過半数を超えた。選挙後の29日、非自民8党首の会議で連立合意と細川擁立が満場一致で決まる。細川は「私としましては、天意というか、天命と受け止め、決断させていただきました」と決意を述べた。

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